社会福祉法人 光風会
花信風 子どもの問題研究所
風 精神福祉相談支援センター
陽 本部
花信風

 
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第1号

-目次-
◆初「花信風」
◆「がんばる」ということ
◆文化こらむ
◆「陽(yoo)」だより
◆焼き物の値段
◆何のためにはたらくの?
◆子ども研だより
◆社会全体で「働くことの意味」を問い直す必要が
◆編集後記

初「花信風」
ようやく「花信風」の創刊号を皆さんのお手元にお届けすることが出来ます。(社福)光風会の活動を開始した当初からの思いが「かたち」となったわけです。
 一九七六年(昭和五十一年)春、一年間に及ぶ欧米の障害児・者に対する「福祉教育」の実際を研究し、実践に参加して帰国したときに持ち帰った誇大妄想的な「夢」、欧米の進んだ所で実践されていた、種々の障害児・者がこころ安らかに憩える場を、水戸の街のど真ん中に創り出すという「夢」の現実化を、また一歩進めることが出来ました。
 これも偏に、これまで賛意し、協力し、激励し続けてくれた皆さんの御蔭と、光風会創立に溯ること十数年となる茨城県精神障害地域ケア研究会、略称「茨精研(ICCAM)」に集う若いエネルギーの賜物です。
最初の一歩は、今は亡き橘純一さんから、文字通り清水の舞台から飛び下りる思いで決断し購入した、一反何畝かの土地を分けていただいたことでした。
 土地は手に入れたものの、すぐに上物を建てる資力などあろうはずがありません。そこでその土地は、当時心理臨床実践の場として、障害児・者との具体的かかわりを造り出していた「あおいそらの会」の農場として活用を図ったのでした。薩摩芋やトウモロコシといった農作物を収穫し、さまざまな障害のある子どもたちと共に収穫祭を楽しみました。
 第二歩が、一九八〇年(昭和五十五年)の年末、これまたやっとの思いで住まいと兼用のささやかな障害児・者の憩いの場を建てることが出来たことでした。これが、「精神福祉」の実体化をめざす、現在の精神障害者地域生活支援センター「風(FOO)」の土地と建物です。
 「夢」は牛歩の歩みですが、着実に現実化しています。世相としてあるノーマライゼーションやインクルージョンといったいかがわしい「ことば」に支えられて…。
これからも今まで以上によろしくお願いいたします。


「がんばる」ということ
 「疲れを知らない子どものように…」という歌があります。今の子どもたちは、本当に疲れを知らないのでしょうか?
 「風(FOO)」のカミングアウト活動。常北町の民生委員協議会でユーザー発表したときのこと。
 ユーザーは、「今、がんばってここにいるのに、これ以上何をどうがんばれというの!」と、がんばってと言われることのしんどさを伝えました。
 講演後、昼食をとりながら、一人の民生委員がユーザーに話しかける・・・
 実は、近所に住んでいる小学生の孫に、お小遣いを5千円あげて、何気なくがんばってねって言ったんです。
 そしたら、次の日、その孫が突然家に来て、深刻な顔でお札を握りしめているんです。
 「どうしたの?」って聞いたら、その孫がこう言ったんです。
 「おばあちゃん。ボクもうこれ以上がんばれないよ。だから、このお金返す。」って。
 ユーザーの発表を聞いて、この話をしてくれた民生委員の方はステキだなと思いました。
 それにしても、教室に貼ってあった「勤勉」「誠実」「努力」等々の徳目ってどんな意味があるのでしょうか。
(斎藤 悟)


文化こらむ
「大草原の小さな家」など、19世紀を舞台にしたドラマ、映画で、ベットカバーや壁かけにパッチワークが使われているのを、一度は目にしたことがありませんか。
今回は、「風」のクラブ活動「お針子さん」の講師、鈴木美智子先生に、パッチワークキルトのお話をうかがいました。
パッチワークキルトはイギリスからアメリカに開拓と共に伝えらました。物のない時代に布を大切にするといった精神から、当初は主に実用品が作られていました。その後、いろいろなパターンが工夫され、美術品としても価値を見出されていきます。
禁酒法時代には、女性たちはキルトを使って、その活動に対する参加の意志を表現しました。また、小麦粉の袋にプリントされていた美しい柄の布を求めるために、小麦粉が飛ぶように売れたこともあったようです。それから、周りの人が集まってひとつのパッチワークキルトを作り、想いをのせて結婚へのお祝いとすることが、習慣になっていました。
このように、パッチワークキルトの一針一針には、作り手の想いがいろいろな形で込めてられています。その一方で、グループで集まってのキルト作りは、女性たちの数少ない社交の場として楽しみにもなっていました。日々の家事仕事を離れ、おしゃべりをしながらのパッチワーク作りは、世界にひとつだけのものを自分の手によって仕上げることにも大きな意味があったのでしょう。
先生のお話から、パッチワークキルトというひとつの「物」が育まれた歴史を知り、「物」はそれを作る人使う人・場所・時代等々、いろいろな関係性を孕んだ存在だということを改めて感じました。そして、パッチワークキルトが社会・経済・政治に与えた影響は、ひとつの文化の成り立ち方を説明してくれているようでした。            
(川島 麻子)


 今年は季節の移り変わりが早まっていて、例年なら陶炎祭と時節を同じくする八重桜やつつじが十日も前に見頃になっています。そのちょっと前の頃に山々が山桜花と落葉樹の新芽の競演で匂い立つような美しさになりました。それはほんの一瞬なのだけれど春に酔った気分にさせてくれる景色です。


「陽(yoo)」だより
私は、主に眼でそれらを鑑賞するのが習い性になっています。五感を総動員したらもっと新鮮で衝撃的な感動があるのではないかと期待するのですが、日常を泳ぐように流されている今のところではその方法がわかりません。
ただ、一般的には環境要素の何かが欠けるとそれを補うように他の能力が活性化するように思われます。例えば、我が家の飼い犬のエアデールテリアは生来視力が弱く、それを保護すべく村山元首相ばりの眉毛で眼が覆われていますが、臭覚は警察犬に指定される程優れています。つまり、何かが欠けているという状態は、それを補う形での能力が開発される可能性があるということです。
そんなことを考えながらユーザーと作陶していると新しい発見があります。ほとんどのユーザーは、物造りに関して基礎から技術をつみあげるとか、失敗から学ぶとか、体力と持続力を必要とするアプローチには近付こうとしません。しかし、視覚からの刺激には意外とすんなり反応して作陶を楽しめる人がいます。飾られている国宝級の陶芸品の写真を毎日みていて、ある日その模造を作りはじめた人がいます。また、花の絵や写真からイマジネーションをふくらませ、花のモチーフ柄のオカリナを造り続けている人がいます。いずれも、当人特有の導入スイッチが存在したのだと思います。
作業の過程で、技巧的疑問や質問は自然に生れてきます。「土練り三年、窯八年」で代表される伝統的システムとはちがっています。
ユーザーがもう一つ苦手としている生き方のイマジネーションと人間関係も、各々のスイッチに作用する人との遭遇によっては意外な転回をみせるかもしれず、ひそかに期待しているところです。
(鷺野谷 まち子)


焼き物の値段
焼き物の値段について不可解な思いを持っている人が多いようです。特に、使う物として作られた物が高価な美術品として在ることが理解できないためだと思います。
それはバブルの時代に、陶器商がごく一部の作家の作品の値を吊り上げたことが根底にあります。それとは別に、陶器を焼いて生業としてきた私が、周りの焼き物の値段を見ても納得できないものもあることは事実です。
逆に言えば安く楽しめる物を見つけることができる。そこが買う側として面白く感じるところでしょう。例えば、笠間や益子で湯呑を見てもほとんどが千円前後から数千円の間にあります。気に入って毎日使う湯呑が数千円で手に入ることは他のものと比べて高価とは思えません。
ようは、買う側の価値観しだ
いであり、その人が現われます。
作る側は身をさらしているので
すから。
(菅原 淳一)


何のためにはたらくの?
笠間焼工房「陽(yoo)」は、小規模授産施設です。精神障害者の「働く」施設は、その他に、授産施設・共同作業所・福祉工場があります。また、企業に「職親」になってもらい、働く訓練をする制度などもあります。
厚生労働省では、「精神障害者の雇用の促進等に関する研究会」を開催しています。本年四月十三日で第十四回を数えました。そこでは、精神障害者の雇用率、精神障害者の範囲、ワークシェアリング(グループ就労)、企業におけるEAP等々さまざまな課題が出されています。
 さて、私たちは、なんのために「働く」のでしょうか。お金は必要です。しかし、お金のために働いていると馬鹿を見るかもしれません。ペイオフの次に新札発行。太平洋戦争を経験した人に言わせると、当時の状況と現在とが酷似しているそうです。
一生懸命働いて得たお金が預金封鎖などにならなければよいのですが。       (斎藤 悟)


子ども研だより
 子どもが虐待を受けたり、犯罪に巻き込まれたりといった社会問題が深刻化しています。その原因と解決の方法を明らかにする研究を目的に、子どもの問題研究所が始動し、一年が過ぎました。
この一年間、日本財団からの助成を受け、「児童虐待の心理的背景と予防対策諸課題を踏まえた啓発活動」に関る事業を、NPO「茨精研」ICCAMと共同で展開してきました。
 子どもの問題研究所が中心となって行った事業の一つは、「子育て支援研修会」の実施です。
「〜子育て連続講座〜“あなたらしい子育て”への旅」をテーマに、現在子育て中の母親を対象に行いました。
この講座の特徴は、@各講座の間隔を約二ヶ月おいて三回実施する。A各講座のテーマに沿った専門のファシリテーターによるグループワークを中心とした内容とする。B一,二回の終了時に、「今、ここで」の気持ちで参加者が自分の子どもへの手紙を書き、三回目に朗読講師によって読まれる自分の書いた手紙を “聴く”、ということでした。
参加者は、ワークを重ねるに従い、主体的に自分自身の子育てを振り返り、子どもの確かな成長を喜びながら、肩の力を抜いて子育てを楽しんでいこうという考え方を増していきました。その変化は、自分の書いた手紙を“聴く”という方法によって、参加者自身にも客観的に確認されました。
二つ目は、上記研修会とNPO「茨精研」ICCAMの調査・研究部門が中心となって実施した「子育て支援のあり方に関する調査」の結果を踏まえ、本事業の最終的な成果として「子育て支援マニュアル」を作成することでした。
指示的、指導的な内容の育児書が多い中、具体的な子育ての体験をしてこなかった現代の母親が、手に取り、絵本を繰るように読み進むうち、子育ての仕方に気づくような内容を目指しました。
今年度は、完成した「子育て支援マニュアル」を携え、子育て支援研修会を県内数ヶ所で実施する他、市町村や幼稚園・保育所などに従事する子育て関係者と連携をとりながら、現代の母親への子育て支援の取り組みを拡げていきます。
(高橋 寿子)


社会全体で「働くことの意味」を問い直す必要が
新年度が始まるこの時期といえば、俗称ですが「五月病(ごがつびょう)」が話題に上ります。これまで、「五月病」は、「受験勉強後に来る無気力感」に陥る、新入学生特有のものでした。バブル崩壊以後、社会が急変する中、発症者はサラリーマンまで広がり、さらに、その引き金となる原因についても、終身雇用の崩壊が影響しています。企業は、仕事を覚えたての入社二、三年目の若い人にまで「人を使う」役割を担わせるなど、経営形態を大きく変えています。リストラの影響は、対象となる中高年者だけの課題ではなく、若い人たちにも「五月病」といった形で、その歪みが出てはじめているようです。
このような時期、今年度より光風会は、「精神福祉支援相談センター」事業を県に申請し、「職場のメンタルヘルス」への支援活動に取組む計画をしています。支援をとおして、私たち自身が「働くことの意味」そのものを点検する必要性が出てくるのでしょう。           
(高島 真澄)


編集後記
「自己責任」という言葉が世間を賑わせています。
福祉の世界でも自己決定・自己責任という言葉が喧伝されていますが、背景にある状況を捨象して使われることへの危惧を感じています。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という昔流行った言葉が現実のものとなりつつあり、出る杭は打たれるか、抜かれる状況を作り出しています。自らの判断で道を歩くことが出来ない状況は、社会的弱者といわれる人たちを「出る杭」として認識する事態を生み出しえます。
私たちは(私たちと書くことで既に責任を分散しているのですが)、花信風をとおして「精神福祉」の実践を言語化し、自らを問い、問われるような紙面づくりが必要だと考えています。
そうしなければ、「戦争を知らない子どもたち」のそのまた次の世代である私は、ますます状況に押し流されてしまいそうです。と、責任を時代のせいにするのです。
編集者・斎藤 悟


 

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