社会福祉法人 光風会
花信風 子どもの問題研究所
風 精神福祉相談支援センター
陽 本部
花信風

 
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第4号

-目次-
◆巻頭言【切磋琢磨】
◆第4回社会福祉法人光風会地域交流啓発事業報告
◆「風(FOO)」だより
◆文化コラム
◆活動の中から
◆「陽(yoo)」だより
◆「陽(yoo)」のつぶやき
◆陶芸コラム
◆「子ども研」だより
◆40年遅れたノーマライゼーションの実現に向けて 市民活動情報
◆関連コラム
◆二〇二五年ごろの身体介助はロボットがするの?
◆編集後記

巻頭言【切磋琢磨】 吉田昭久

「花信風」創刊号を昨年四月に皆さんにお届けしてからすでに一年が経とうとしています。この間、社福・光風会の活動は、常勤・客員の別なく、全スタッフにより維持・継続されて来ました。
 「風(FOO)」のユーザーや「陽(yoo)」のメンバーに対する具体的な種々の援助・支援活動の展開が、まさしくスタッフの「しごと」ですが、「しごと」がきちんとなされていたか、いるかの点検・検討の課題は、社会福祉の領域においては特にそのことの位置づけが重要で、かつ必要不可欠のことと考えて来ました。
 それは、人が人を援助・支援する福祉領域の評価は、その具体的中身や質の可否や是非を、何に照らし合わせて位置づけ、何を指標として査定するかがあいまいで、しかも対象が「もの」ではないが故に、きわめて自画自賛的で、独善的なものとなりかねない性質を持つと考えているからです。
 社福・光風会では、活動開始以前から「茨精研」活動を通し自己点検・自己評価の具体的方略について検討して来ていました。活動が一定の水準を維持できるようになってからは、「風(FOO)」では、毎週金曜日午前約二時間半のスタッフミーティングと金曜日午前あるいは夕方より約二時間半隔月設定年六回のオールスタッフミーティングとにおいて、社福・光風会としての援助・支援活動の質を点検して来ました。スタッフミーティングは常勤四名と事務局長・理事長参加、オールスタッフミーティングは常勤・客員全スタッフ参加を前提として設定しています。「陽(yoo)」では、隔週の水曜日約午前二時間オールスタッフミーティングを設定し、常勤指導員・客員指導員の他に社福・光風会事務局長と業務担当理事が交互に参加し、理事長の参加を前提として開設しています。
双方とも課題は、第一に各事業体の活動実態の点検・評価、第二に登録者援助・支援の実態把握、第三に各事業体の活動内容に即した登録者状態像の把握で、スタッフ全員が社福・光風会設立理念についての共通認識を持ち、理念を実践課題とすることの共有化を図って来ています。
 さらには、「風(FOO)」「陽(yoo)」共に、事例検討会を設定し、登録しているユーザー・メンバーに対してどれだけ援助・支援を実体化しているかを点検して来ました。「風(FOO)」では隔月午前中一事例・午後二事例の計三事例を、一事例二時間、報告スタッフ提出の資料を基に点検しています。
「陽(yoo)」では、「陽(yoo)」にかかわる地域市町村保健センターの保健師さんの参加を得て、開設曜日を特定せず、隔月午後三時より行ってきました。
 スタッフミーティングや事例検討会では、登録者の課題に触れる事例が検討されるわけですから、当然のことながら登録者の了解が前提となります。
同時にわたくしたちスタッフ自体の事例に対する認識の中身や理解の程度がするどく問われることになります。わたくしたちスタッフが向上して初めて、ユーザー・メンバーの援助・支援の質を上げ得ると考えていますし、わたくしたち自身が、自らが本来的に備える素材をどう生かし得るかが課題であると考えています。

素材を切り出し、磨き、素材に刻み込み、磨く。切磋琢磨。今やほとんど使わない「ことば」ですが、わたくしたちの主張する精神福祉においては、古くて新しい言葉です。


第4回社会福祉法人光風会地域交流啓発事業報告
“風”をはこぶフォーラム−幻聴の科学から「聞こえる声」の体験の共有へ−

子どもが、「頭が痛いよぉ!」と訴えていたとします。お医者さんに連れて行ったら異常はありませんと言われました。さて、どう考えたらいいのでしょう。
EBM(Evidence Based Medicine 「根拠に基づく医療」)では、頭痛の「証拠」が必要になり、それに基づいて治療が行われます。一方、NBM(Narrative Based Medicine「体験に基づく医療」)では、「痛み」という「固有の物語」を治療することになります。どちらが良い悪いということではありません。
「幻聴」も同様ではないでしょうか。 
朝田先生は、ジャンヌダルクから紐解き、「幻聴」は実際に聞こえている「事実(Evidence)」であるという提起をしました。佐藤先生は、「聞こえる声」をいかに分かち合うか(Narrative)という提案をしました。お二人の発題を踏まえ、弘末先生からは、「幻聴」は対象なき声ではなく、対象を求める声ではないかという仮説が提案されました。
私たちは、医療の立場ではありませんが、福祉の立場からも両方の視点が必要です。
理由はともあれ、その子どもは実際に「頭が痛い」のですから。(斎藤 悟)


「風(FOO)」だより

「風(FOO)」では、ユーザーの自主活動としてのクラブ・食事会や、スタッフの企画する年中行事・飲茶会・風呂の日などを中心に活動しています。

クラブ活動は、同じ活動目的を持った発起人が三人以上集まることから始まります。日程、内容、活動の中で問題が生じた時、必要に応じて発起人のユーザーを中心にミーティングを行っています。
「今回、何がいけなかったのか。どうすれば良かったのか。今後、何に気をつけたらよいのか」と丁寧に確認を行いながら進めています。特に、ユーザーが多数参加しているクラブでは課題が多く出てきますが、その都度、スタッフはユーザーの活動として結論を出す必要があることを伝えながら、「クラブの目的は何か」「発起人の『責任』とはどのようなものなのか」などの視点を持って、ユーザーへ関わっています。
クラブ活動については、昨年の六月に三周年記念会の会場において、ユーザーがポスターセッションという形で活動紹介を行い、参加者の方々をもてなしました。ポスターセッションに向けて、何度もミーティングを行ったこともあり、ユーザーがミーティングの必要性を感じ、ポスターセッションを終えた後も、自然にミーティングを行う機会が多くなりました。その結果、半年後の現在では、活動内容やクラブの目的を意識し、「クラブとしては、〇〇をやっていきたいがどうだろうか」と具体的な言葉としての表現が増えてきています。また、各クラブが自主的に発表を企画したり、地域の大会への参加を検討したりする動きが出てきました。そして、以前はスタッフが常にミーティングに参加しなければ、話し合いが進まない状況が続くこともありましたが、発起人としての「責任」を強く意識しながら活動に取り組む姿勢へと変化し、スタッフの介入する機会が減ってきています。活動を形にして表現する機会と、その過程を協働することが、ポスターセッションを通してユーザーにとって貴重な体験になったと強く感じています。

スタッフが企画するものとしては、主に年中行事があります。年末年始には、冬至、大払い、大晦日、新年の会、鏡開きなどを行いました。年中行事を行う際には、毎回目的をもって実行していますが、全ての年中行事に共通していることは、「伝統文化を取り入れた生活の節目をどう過ごすか」ということです。一年の内には、冬至、元旦、節分などいくつかの節目となる行事があります。

精神障害者の地域生活支援には、様々な視点から支援の組み立てを行う必要があります。「風(FOO)」では、視点のひとつとして、伝統文化や慣習を生活に取り入れて節目を迎えることが、地域で生活をする精神障害者にとって必要であると考え、支援しています。それは、茨城という地域で生活をしているということ、伝統文化という体験が乏しいこと、文化や慣習は生活するうえで生きる力になるということなどから、大切な支援の視点だと考えています。しかし、伝統文化や慣習を生活支援に取り入れることは容易なことではありません。それは、節目を意識した生活をしている人がとても少なくなり、それと同様に、伝統技術の継承を担っている若者が減少している日本の現状と共通しています。
それはスタッフにもいえることです。すなわち、具体的な支援を組み立てていくスタッフが体験していない伝統文化や慣習があるのです。そのような時は、ユーザーとスタッフで試行錯誤しながら体験を共有したり、体験のあるユーザーがいる場合には、スタッフが分からないところを教えてもらったりしながら、伝統文化を取り入れた支援の組み立てを行っています。
今年の一月二日(日)は、お茶クラブ(茶道)の活動として初釜を行いました。昨年度まではスタッフが企画していましたが、今回は、クラブの発起人から自主的な形での初釜の企画でした。それは、ユーザーのクラブ活動に伝統文化が基盤となってきた表れでもあり、クラブの目的が明確になったことで、このような具体的な形となったのだと感じています。今後、発起人を中心に活動をする中で、ユーザー自身が活動から得たものを自らの日常生活の中に生かせるよう支援していきたいと考えています。また、ユーザー自身がクラブ活動を通して、自分の課題と向き合うことで、より具体的な支援課題につながると考えます。
今年も「風(FOO)」にとって、ユーザー、スタッフにとって実りある年となるよう、活動していきます。(出澤 華奈子)

伝統文化とは懐古趣味ではありませんし、昔に戻ろうということでもありません。もっとも戻れませんが。一つひとつの伝承されてきた「もの」や「行為」の意味を体感することです。1950年代生まれの編集子にもわからないことが多いのが現実です。
昔に戻れるわけはありませんが、「愛国心」という言葉を使って「昔」に戻ろうという動きが進行しています。要注意です。(編集子)


文化コラム

 今回は、「風(FOO)」のクラブ活動「文学のボクシング」(朗読クラブ)のないとうきみこ先生(元茨城放送アナウンサー)にお話をうかがいました。

一番鮮明に私が覚えているのは「食わず女房」という昔話の絵本です。旦那の前ではご飯を全く食べない女房が、本当は化け物だったという話です。頭がぱっくりと割れて口になり、旦那のいない間にご飯を食べる女房。私の子どもの頃に絵本で見たその姿が、恐くてたまらなかったのを先生の話を聞いて思い出しました。

ないとう先生から、「今に伝わっている民話は大和物語にも載っている。民話はそれ以前からあったのではないか」という話を聞きました。そんな昔からある話が、現在でも読み継がれているという事実は、改めて考えるととても不思議です。先生から、話の細部は読み手によって変わっても、民話は口伝えだったから長い間受け継がれてきているのだと教わり、納得しました。 
また、「読む・語る・演じる」ということを教えていると先生はおっしゃっていました。話の一説を実際に読んでその違いを教えていただきました。「読む」は文字を声に出してなぞる読み方、「語る」は聞き手の私に向けられた読み方、「演じる」は先生ご自身が登場人物になりきって楽しんでいる読み方だと、私はその違いを受け取りました。大切なことは、聞き手の中に話の絵が浮かぶように読むことだそうです。人に聞かせようとして読む時、読む人の取る「間」も違ってくるのだそうです。その時には自然と、「読む」ではなく「語る・演じる」になっているのでしょう。聞き手も、自分の中に絵を浮かべることで、一つの話を自分にひきつけて感じ取ることができます。そして、他の人にも教えたいという思いが生まれ、今まで読み継がれてきたのでしょう。

「食わず女房」は絵本でしたが、女房の割れた頭の口が物を食べる動きやその音までも私の親の「語り」で感じることができたから、今でも覚えているのでしょう。現在は文字があり、識字の文化も発展しています。しかし、文字が現在ほど広まっていない時代に、口から口へと言い伝える口承の文化が大きな力を持っていたのです。先生の「語り」から、その力が現在でも大切であることを感じることができました。そして文化は、何かを伝えたい「相手(他者)がいる」ことによってつくり出されたのだと知りました。(川島 麻子)


活動の中から

「風(FOO)」の食事会(その一)

「風(FOO)」の食事会には現在、二通りあります。
一つは、月2回のペースで土曜の夕方に行われる事前申込が必要な「食事会」で、参加費は毎回500円程度のものです。
二つ目は「昼食会・夕食会」と呼ぶ、その日そのときに居合わせたユーザーが自由に参加して行うスタイルのものです。今回は十数名〜二十数名で行われる「食事会」についてご紹介しましょう。

 事前にメニューを決めてから参加申込を行う「食事会」は、その参加ユーザーの中から料理担当者数名を選出します。そのほとんどが立候補によって選ばれ、料理担当者は「炎の料理人」と呼ばれます。そのネーミングは食事会の参加者の中で話し合われて決められたのですが、なかなか熱のこもったネーミングだと思いませんか?
 毎回、食事が終わった後に次回のメニューと「炎の料理人」を話し合いで決めるのですが、メニューは基本的に一つの主メニューを決めて、それに合わせて汁物やお新香、デザートなどを組み合わせます。最初の頃は作れるかどうかは二の次にしたメニュー案が続出しましたが、回を重ねていく中で、作り手である「炎の料理人」に配慮した?現実的なメニューが多くなってきました。基本的には那珂湊のお総菜店「七つ星」からお総菜を取り寄せ、追加の一品のメニューを 「風(FOO)」で作るという形をとっています。ときにお総菜はなしにして、カレーや鍋物を作ることもあります。はじめの三年間はスタッフが「七つ星」を中心とするメニューを決めて、スタッフが中心になって行うという形式でした。 
このような支援のあり方をスタッフミーティングで点検しました。その間に少しずつ一緒に食べることだけでなく、各自が自分にできる役割をとりながら「食事」に参加する形を取り入れてきました。そうして、参加者に「一緒に食卓を囲む意識が定着してきた」ことを見計らい、更に一歩進めるために現在の「食事会」のスタイルをとることにしたのです。

 「風(FOO)」の食事会のその他の特徴としては、大皿料理を皆で分け合って食べることを基本にしていること、お膳の用意と後かたづけは全員で行うこと、食器の油汚れはぼろ布で拭ってから洗うこと、食器用洗剤には環境に配慮したものを使用していること、生ゴミはできる限り少なくするとともに堆肥化していること、などがあります。
 最初の頃は大皿から自分が食べる分だけ小皿にとって食べることに戸惑う人や大皿から自分が好きなおかずばかりをとってしまう人なども見られましたが、今では他者を配慮しつつ一緒に楽しく食事を共にする、という雰囲気が定着してきています。

 この「食事会」を通して、限りある生命を自分の身体の中に取り込むことで自分の「生」が成り立っていること、だからこそ自分の分があるのが当然なのではなく、分け合って食べることが大切なことを実感しあっています。しかも、その生命を産み出している自然を大切にしなければならないこと、などをスタッフ・ユーザーが共に感じ合い、それぞれの生活の中に活かしていければと願っています。(鈴木 宗夫)


「陽(yoo)」だより

 笠間辺りでは今でも春の七草を摘むことができます。すずな・すずしろは畑作物ですが、後の5品を散歩のつれづれに目星をつけていくのが楽しみです。年々暖冬と言われて、クリスマス頃まで青々していた野山も、正月前後の寒波で7日頃は結構凍っています。そんな中で、生き延びていそうな場所の目星をつけます。せりは沢地の枯草の下にほそぼそとあり、はこべは日当りのよい斜面に分厚くずるずるあるのですが、後の3品は毎年分布が変わります。昨年はごぎょうが多く、その前はほとけのざ、又その前はなずながはびこっていました。今年は大晦日の大雪(笠間地方)でさすがに生き延びたのははこべ位で、すずなとすずしろのたっぷり入ったお粥をいただきました。

そんな年中行事の内、笠間焼工房 陽では年末に餅つきをします。ユーザーの平均年齢四十五歳とか土地柄もあると思いますが、餅つきは晴の行事で、餅はご馳走というニュアンスがあり、それぞれに思い入れがあるようです。今年度は5回目となるのですが、年々参加者が増えて地域交流事業としても定着してまいりました。今回は、六十四名の参加がありました。参加者の中には、関係機関の方々のほかに、適応指導教室に通っている数名の中学生のお嬢さん方がいました。
「陽(yoo)」は、笠間保健サービスセンターの一部を借用して活動しています。下図の塗りつぶし部分を借用しています。お隣の部屋である「母子相談室」を適応指導教室が使用しています。

彼女たちは、私どもと違い餅つきに何の思い入れもなく、実際に見るのも初めてで遠巻きに眺めるばかりで、皆で誘っても参加しようとしません。それでも最後の臼で全員餅つきに挑戦していました。後でその中の一人が「ちっともやりたくなかったけど、やってみたらおもしろかった。つきたての餅も始めて食べたけどものすごくおいしかった」と言っていました。「やってみなければ解らないことが世の中には沢山ある」そんな刺激が日常生活の所々にあって、そこから波紋のように影響していくイメージを生活の活性化と表現しているのですが、平均年齢四十五歳は十代のお嬢さんのようにはいかないようです。
今年度は30sの米を二つの臼でつごう7回でつき上げ、お供え餅と雑煮用をよけて、参加者で全て食べきりました。来年度は米の量を増やさねばと考えています。(鷺野谷まち子)


「陽(yoo)」のつぶやき

やきものやと「陽」に集う人々と
我が家のなりわいは製陶業。

焼き物の町笠間に住み着いて二十年。
やきものやになった理由はいろいろある。

もの作りにハマッタ…
それは原点としても…
他に……

社会の大きなうねりの中、
居心地の悪い所は苦手。
工房にこもり焼き物を作る。
一つ一つ手作りで、一日何個。
いいものを作りたい。
お金は後でついてくる?

一人も大事、
人とのぬくもりも大事。

「陽」に集う人々。
工房「陽」のとある一角で、粘土をひねる。

休み一つ、
休み一つ、焼き物を作る。
お互いを受け止め合える仲間の集まり。

一人がいい。
多勢はもっといい。
やきものやと「陽」の人々。

一つ一つ作り売ることで生活してゆく
厳しさが現実。
障害ゆえのつらさを負うのも現実。
しっかとそれぞれを受け取り、共に居る。

こんな者たちが、笠間に住んでいます。
(松田 真紀子)


陶芸コラム

昨年の秋に県立陶芸美術館で日本陶芸5,000年展が開催された。
この時、5,000年という数字が気になってしまった。普通、陶磁史という場合は高温焼成された時代からを指し、中国は約4,000年の歴史で日本は約1,600年である。そのこともあり、アレ!と思ったのである。
日本列島は約1,700年前までは土師器・土器の時代であり、最も古い土器は長崎県出土の豆紋土器で近年の科学的測定では12,000年前というとんでもない測定値が発表されていて、これは後期旧石器時代にあたる。この年代測定には色々議論はあるようではあるが、縄文時代は9,000年はさかのぼるようである。いずれにしても、9,000年から12,000年前というのは世界的に最古の土器ということになり、縄文時代は7,000年から10,000年続いた可能性がある。私の感覚では弥生人は日本人に繋がっているとは思っている。しかし、縄文人と弥生人とは違うと私は思っている。
千島列島から南西諸島まで分布している縄文土器を作ったのは何人なのか?日本人は?
楽しみが出来ました。(菅原 淳一)


           
「子ども研」だより

昨年は暮れも押し迫ってまで、子どもの尊い命が犠牲となる事件、事故が絶えない一年でした。今年は少しずつでも明るい兆しの見える年であることを期待しています。

私事で恐縮ですが、正月は郷里の秋田で過ごしました。暖冬とは言え、例年ながらの積雪で迎えた新年でした。正月の街を歩いていて、「今年は何だか正月らしくないな」と感じました。家々や事業所等の玄関先のお飾りがとても少なく思われたからです。派手でなければいけないものではないでしょう。昨年からの地震や津波の被災者への配慮もあるのかもしれません。しかし一方で、高級な福袋が飛ぶように売れるというニュースを聞くにつけ、正月も様変わりしているのだろうかと思わされる出来事でした。
私が子どもだったころ、正月には年越しのならわしや食事などの非日常的な体験を通して、教えられるわけでもなく、無事に年を越せたことを感謝したり、元旦を迎えては何か新鮮な気持ちになったりしたものでした。この体験が、少なくとも「正月らしくないな」と感じるような私の心を育てたのだと思います。大人が子どもたちに正月という日本の文化をきちんと伝えていかないと、子どもたちにはそれを感じ取る心が育くまれていかないのではないでしょうか。それは正月に限ったことではないと思います。
 このような日本の伝統文化の伝承が衰退していくなかで、「心の教育」が叫ばれるようなりました。それを形にしたもの、それが「心のノート」であると喧伝されています。

二〇〇二年四月から文部科学省が全国の小・中学生全員に、道徳のみならず全教科で活用できる補助教材として配布された「心のノート」。これをテーマに、特定非営利活動法人茨城県精神障害地域ケアー研究会が二月六日に「第2回カレッジ」を実施します。私はこれに「子ども研」の研究員の立場から発題します。
「心のノート」に内容には、「愛国心教育」等、様々な問題点が含まれています。「心の管理につながるのでは」と危惧しています。今回はこの「心のノート」を考察しながら、子どもたちの心を育てるために何が必要なのか、問題提起したいと思います。
「子ども研」は「心のノート」の配布と活用の事態を見過ごせない現在的課題として捉えています。(高橋 寿子)


自分の感性を見つめる時!茨精研カレッジ2004
― こころの問題への介入 ―

T「心のノート」とは?−経緯と現状―
講師:神永典郎氏 < 日立市教育委員会指導課 指導主事 >
 道徳教育の中で近年強調されている『心の教育』と、文部科学省から出された「心のノート」の発行に至るまでの経緯等を押さえ、『人』としての心の成長を育むためにはどうあるべきかについて考えたいと思います。

U「心のノート」が映し出すもの
講師:高橋寿子氏 < 社福)光風会子どもの問題研究所 主幹研究員 >
 心の中をのぞいてみると、誰にも言いたくないことや言えないこともたくさんあって、子どもたちはどうやってそれを「心のノート」におさめるのでしょうか。「心のノート」とは何なのか、心を育てることとどう繋がっていくのかの視点で課題提起していきたいと思います。

日 時:2005年2月6日(日)午後2時~5時
場 所:水戸市福祉ボランティア会館(ミオス)大研修室
受講料:2,000円
主 催:NPO茨城県精神障害地域ケアー研究会


「子ども研」って何してるところ?

「子ども研」も開設して2年。昨年11月に「仮パンフレット」を作成しました。
このパンフレットから「子ども研」の事業内容を紹介します。

*子育て支援に関する研究
   子どもを持つ親を対象とする意識調査、子育て支援の方略に関する実践的研究 等
*各種子育て支援研修会等の企画・開催
   子育て連続講座、子育てワークショップ、母親・父親教室 等
*市町村関係機関、幼稚園、保育園などへの講師派遣
   親対象の研修会、子育て支援関係者の勉強会・研修会、幼稚園教諭・保育士対象の研修会 等
*心理教育相談に関するスーパービジョン
   幼稚園教諭・保育士を対象、小・中・高等学校教育現場の教師を対象、子育て支援関係者を対象
*学校教育現場における児童・生徒指導コンサルテーション
   学校訪問による児童・生徒行動観察に基づく具体的援助、児童・生徒指導対応現場への実際的「介入」援助、児童・生徒指導体制に対するコーディネート 等


40年遅れたノーマライゼーションの実現に向けて 市民活動情報

宮城県が、知的障害者の長期入所型大規模総合援護施設(コロニー)の解体方針を打ち出したことは、新聞でも大きく取り上げられました。
ここでは、長野県においても、1970年代に建てられたコロニー西駒郷の解体に向けて取り組みだしたことを紹介します。

長野県行政のホームページで、西駒郷改築に関する内容を検索してみました。
西駒郷の利用者状況は、平均入所期間が十四、五年、入所期間十年以上の利用者が六十六%、平均年齢が三十九歳、五十歳以上の人が二十三%というように、施設における抱え込みと利用者の高齢化が深刻化しています。
今後のあり方について、長野県は「ノーマライゼーションの理念から、全県域を対象としたコロニーとしては改築すべきではないこと」を明文化した上で、少人数によるユニットケアを支援の基本形態とすることとしました。また、これまでの西駒郷やその他知的障害者厚生施設が「生涯を送るための施設ではない」にもかかわらず、終身施設として利用してきた事実を公開しました。
地域生活への移行については、「年数をかけて計画的、段階的に、どのような場合においても、利用者の援護の責任を保護者に転嫁することなく、県が責任を持って進めなければならない」といった県行政の責任性を長野県は明確にしています。そして、「サービスの質の向上と利用者の権利の擁護を推進するために、西駒郷自身が情報公開を進め、積極的に外部の批評、意見をも求めていく」とし、情報公開をしていくとのことです。
今後、どのように西駒郷が処遇のあり方や財務状況などの情報を公開するのか、私たち光風会が参考にできるような情報公開のあり方を期待しています。
欧米に遅れて四十年経ってようやくですが、このようにノーマライゼーションの実現に関して、日本でも独自の方針をたてる県が出てきました。

茨城県においては、コロニー解体の方向性は行政レベルでは示されていません。
茨城の地で、本当に地域の中で障害児・者と共に生きるのか、障害児・者への援助・支援にかかわるNPOや社会福祉法人、広く市民活動のインクルージョンの質と理念とが問われてくるでしょう。(高島 真澄)


関連コラム

巨大施設の解体といえば、イタリアの街トリエステにあった国立の巨大精神病院が解体され、入院患者を地域に戻す取組みが進められたことが有名です。30年以上も前のことです。
当初この取組みに抵抗した人たちは、精神病院に勤務していた多くの職員たちだったそうです。(参照:「自由こそ治療だ」ジル・シュミット著、半田文穂訳、悠久書房、1985) 
病院解体後、日本の中学校区ぐらいのエリアごとに精神保健福祉センターのような所がつくられました。そこを拠点に、医者や看護者等は、精神障害者の地域生活の支援者として病院から地域へと出ていきました。「長期入院による弊害」を負い、地域の中で生きる気力を奪われた患者さんたちは、旧病院建物の院長室があった部屋にゲストとして迎えられました。使われなくなった病棟は、保育園や美容室等、地域住民が利用する施設として活用されたのです。
日本では、「入院が必要のないにもかかわらず入院している72,000人」への対応すらできない状況です。グループホームをつくることに対しての反対運動も珍しくはありません。
このような現状の日本では望むべくもないことですが、本気でノーマライゼーション・インクルージョンを声高に叫ぶのであれば、「脱施設」を現実化することが当然の課題でしょう。(高島 真澄)


二〇二五年ごろの身体介助はロボットがするの?

二、三年前に話題呼んだロボット犬アイボ、ここまでしなやかにロボットが動くのかとびっくりさせたアシモ等、ロボット開発が進んでいます。
私が、子どもの頃にテレビ漫画で見ていた手塚治虫の作り出した鉄腕アトムの世界が、現実的になってきた感じがします。ここでは、トヨタが人間搭乗型歩行ロボット「i‐foot」を発表する予定という記事を紹介します。ガンダムや映画のエイリアンUに登場したロボットのようなイメージです。
これを見たときに、私は車椅子が変わると思いました。以前、フィンランドで見た車椅子は、両輪にカラフルなホイルカバーをはめ込み、車椅子を楽しんでいるような印象を持ちました。しかし、階段やちょっとした段差で困っていることには変わりありませんでした。
二十五年前、私は身体障害者の介助に関わり、身体障害者の方たちから段差や坂道、砂利道等での車椅子の操作を習いました。駅の階段やバスステップでは、身体障害者の方自らが周囲の人に介助を求め、急な階段などを大人四人がかりで昇降しました。残念ながら、このようにして外に出る身体障害者の方を今では目にすることがありません。
車椅子は、高齢者になり、足が不自由になれば必要となるものです。最近、電動のバイクを運転する高齢者の方を見かけることがあります。これも、平坦な所では快適かもしれませんが、段差に対するバリアは変わりません。
この記事から考えると、二十一世紀が四分の一を経過する頃、歩行型ロボットが私たちの足の代わりとして、物理的バリアを解消するのかもしれません。ロボットを中心とする介助の時代が以外に早く来てしまうことを予感させます。(高島 真澄)


編集後記
 すべての活動の敵は、マンネリ化。とは、思いつつ型にはまった仕事の方が非常に楽。前回(前年度)を踏襲した活動が楽であるがゆえに、何のためにやっているか考えなくなります。
あるコンビニエンスストアの設立者いわく、「お客様のためにと考えていたのでは、絶対にお客様の立場には立てない」との視点で、商品のマンネリ化を脱しているとのこと。コンビニの弊害はいろいろあるでしょうが、示唆に富む言葉です。
福祉の世界も同じです。「障害者のために」という視点ではマンネリ化を脱することはできないでしょう。(斎藤)


 

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