巻頭言【夜深明月孤】 吉田昭久
去る十月初旬の夕暮、所用で車を走らせていて、ふとフロントの車窓に見える半月に気づきました。夕闇の迫る時刻でしたが、東の空も天空もまだ明るく、淡く白く光る残月です。西の空が気になってバックミラーを覘くと、真赤で真丸な太陽がちょうど、西遠方に見える山脈の陰に隠れようとしているところでした。太陽の赤い光に抗するように光る半月に、なんとも言えぬ神神しさを感じたものです。
それから十日程過ぎた十月下旬の早朝、毎朝の日課としている犬二匹を伴っての運動を始めてすぐ、今度は、今まさに真丸で真赤な太陽が昇り始めた薄明かりの東の空の、太陽の明るさに抗うように、薄くぼんやりと輝く残月と出合ったのです。数日前の感動以上のものを感じ、しばしその神神しさに見惚れました。天の運行の「気」を見せられた思いでした。
太陽を神の中心に置き崇めるのは、洋の東西を問いませんが、ポジティブなイメージで月に思いを馳せるのは、東洋の方が多いようです。六十年の昔、尼子十勇士の一人山中鹿之助が、主家再興の願いを月に祈る姿を描いた絵を、往時の少年雑誌「少年クラブ」で見たときの感動が、軍国少年であった自分とダブって、今も甦って来ます。お月さんとお日さまが共に在って、下界を平等に照らしその恩恵の下で、人々の「くらし」がある。天然自然の運行に何の衒も差別もない。こんなことを思いました。
ところで、九月十五日(木)から十七日(土)の三日間、大阪教育大学天王寺キャンパスで日本臨床心理学会第四十一回大会が開催され、開催責任者の一人として参加して来ました。大会三日目午前は一般公開講演会で、わが国で始めて学会として「インクルージョン」の問題を取り上げました。スウェーデンの国立イエテボリ大学名誉教授のインゲマール・エマニュエルソン博士を招聘し、「インクルージョンの時代」と題して、「インクルージョン」ということについての学術講演会を設営したのです。
「インクルージョン」とは、この課題の世界的な第一人者エマニュエルソンさんの講演内容を意訳的に受け取ると、障害児・者との「共生共育」ということ、「共生共育」の「できる」、を「行う」社会を創り出す ということです。「共生共育」の主張は、かれこれ三十五年前一九七〇年代前半、茨城県では、私の教育臨床心理学研究室を拠点とした運動として展開し、現在も社会福祉法人光風会設立の理念的視座としている「思想」です。
エマニュエルソンさんによると、世界における社会福祉先進国のスウェーデンですら、障害児・者との「インクルージョン」はたやすい課題ではなく、今も社会的課題として、学校教育を中心とする「インクルージブ教育」を展開して、前進を図っているということでした。しみじみと人間の「業」を考えさせられています。
わが国では精神保健福祉法が成立し展開されて未だ数年。社会資源の充実もこれからです。精神障害児・者が家庭、家族を含めて、全面的に社会で受け入れられるようになるのはこれからの課題です。
太陽の輝きと違って夜半、静かに黙々とした感じで地上を蒼白に照らす月の綺麗さは、古来わが国では様々に謳い、歌われて来ました。月の光に照らされる感じは、悲しみや哀しみを、痛みや傷みを穏やかに癒すものです。月は太陽以上に哲学を生んでくれます。
差別や偏見を、社会的スティグマを、最大限縮小するような働きかけが信念と確信に即して黙々と続けられる。
二十一世紀を展望するとき、持続的変革の必要性が人類に課せられている と、スウェーデンの現状を知り、考えさせられた次第です。
特集 障害
私たちが日頃使っている「障害者」「障害」という言葉。最近、「障害」を「障がい」や「障碍」と表記することが始まっています。なぜなのでしょう。そこで、今号では「障害」をテーマに特集します。(編集部)
「障がい」表記=差別を分からなくする 障がい福祉課?
福島市の市報を見る機会がありました。その中で行政機関の名称が「障がい福祉課」と平仮名表記として始まったことを知り、「何これ?」と違和感を覚えました。
この違和感は何なのでしょう。確かに平仮名表記は、見た目には親しみやすさや優しい感じを与えますが、その一方で何を意味するのか分り難くなります。また、言葉の表記を変えても、現代社会の中で「見えない」「手足が動かない」「聞こえない」など、障害児・者が抱えている事実はなにも変わりません。むしろ、私たちの生活から「障害」という言葉を奪うことは、ますます障害の具体的事実から意識を反らす事態を作り出しかねないのです。まさに、障害児・者の存在そのものを曖昧にし、私たちが自分自身のもつ差別・偏見を感じないようにする“ぼやかし”表現でしかないと考えます。
毎日新聞(注一)は、福祉行政が「障がい」表記を採用することで、障害者に配慮した社会に変えていく動きとなる と取り上げています。こうした行政の動きを、障害者に対する「政治的な配慮がなされた公正(ポリティカリー・コレクト)」といいます。
すでにアメリカの黒人差別問題で展開されてきました。その結果、「黒人に差別・偏見をもっています」とはっきりと口に出す人はいなくなったようです。しかし、現実には差別がなくなったのではなく、差別が見えにくくなったという事態が起きています(注二)。先のハリケーン被害にあったニューオーリンズの状況からも垣間見ることができるでしょう。ハリケーン発生は、突然起きる地震とは違い、数日前から予測できる災害であるにもかかわらず、ニューオーリンズ在住の黒人低所得者の多くは避難できませんでした。移動するための車とお金を持っていないために、今いる所に留まるしかない人たちが沢山いることが判明したのです。現在の日本では考えられないことです。国内の移動手段を自動車に依存するアメリカ合衆国で、車を持てない人がいることなど考えも及びませんでした。テレビ報道を通して、私が想像するアメリカのイメージとかけ離れた状況を知り、今なお黒人差別は続いていることに衝撃を受けました。まさに、ポリティカリー・コレクトな差別を示しました。
日本においても「障害児・者と共に生きる」と誰もが言う時代になりました。それでも、水戸の街中で障害児・者をほとんど見かけません。いざ目の前に障害児・者の人が現れてもどう接すればいいのか分からないという情況は変わっていないのです。それなのに、「気持ち悪い」「変な人」と直接本人に言う人は確実に少なくなりました。
しかし、高齢者、障害児・者や子ども等の中には、外部には見えない形で介護者や親などから言葉や身体的な暴力を受けることが出てきており、弱者への虐待がエスカレートしています。確実に日本でも、ポリティカリー・コレクトな差別は起こっているのです。
今、私たちがやることは、「障がい」と表記を変えるという誤魔化しではなく、障害者が抱える障害について、障害者自身から直接話を聞く機会を多く創りだすことです。
差別を陰湿化させないために。(高島 真澄)
注一)二〇〇五年九月十八日(日)毎日新聞二十三面 暮らし豊かに
注二)上原善広、被差別の食卓、新潮新書、二〇〇五、pp.三六-四十
「障害」から「障がい」への経緯
自治体における「障害」から「障がい」への表記の書き換えが広まり始めたのは、東京都多摩市が平成十二年十二月の広報誌で採用したのが始まりと紹介されています(参考@)。
その後、多摩市は平成十三年にスタートした多摩市総合計画の基本計画を策定する審議の中で、「障害者の【害】の字が不快感を与えて好ましくない」という市民からの提言があり、平成十三年四月にスタートした「障がい者基本計画」を策定する際にも、「障害者」という表記について「【害】の字を石へんの碍、あるいはひらがなにすべき」という意見がまとまり、法律用語や固有名詞を除いて書き換えを実施しました(参考A)。
以後、埼玉県志木市をはじめとして、続々と障害者基本計画を策定する際に「障害」から「障がい」への表記の書き換えを採用する自治体が増えました。二〇〇四年九月の毎日新聞の調べでは、全国で三十県市町以上が書き換えを行い、その動きは現在でも続いており、さらに広がっています。当事者団体としては、七十一団体が加盟する日本障害者協議会の勝又和夫代表は、「不快に思う人がいるなら変えるべきだし積極的に啓発活動として取り組みたい」との姿勢を紹介しています。
一方、「全国精神障害者家族会連合会」や「全日本手をつなぐ育成会」では、「精神分裂病」を「統合失調症」に「精神薄弱」を「知的障害」に変更するなどに取り組んできましたが、「害」については正式に検討したことはないということです(参考B)。
関係団体の積極的な取り組みの例としては、日本精神科看護技術協会が二〇〇四年から「障がい」表記を採用し始めました(参考C)。
さて、この「障害」もしくは「障害者」はどのように表記されてきたかをたどってみますと、古くは源氏物語などにも出てきた「片端(カタワ=片輪)」に始まるとされています(参考D)。「片端」→ 「不虞(不具)」→ 「障礙(障碍)」→ 「障害」→
「障がい」の順に表記が変わってきています(参考E)。
戦前に用いられていた「障礙(障碍)」は、戦後の昭和二十二年に公布された「当用漢字表」によって漢字の使用が千八百五十字に制限され、「碍(礙)」の字が使用できなくなったために、同じ音読みの「害」が当てはめられて「障害」に書き換えられましたが、誤用だったのではないかと指摘する学者もいます(参考F)。ちなみに、昭和五十六年の「常用漢字表」では、これまでの使用「制限」から使用の「目安」になりました。
そして、「障害者」という用語は昭和二十四年の「身体障害者福祉法」制定を機に一般的に使われるようになりました
その他に名称が変更された例としては、次のようなものがあります。
「精神薄弱者」 → 「知的障害者」
(知的障害者福祉法改正一九九九年)
「精神分裂病」 → 「統合失調症」
(精神保健福祉法改正二〇〇二年)
「痴呆症」 → 「認知症」
(厚生労働省検討会報告書二〇〇四年)
英語圏ではハンディキャップ(Handicap)からチャレンジド(Challenged、神から挑戦という課題を与えられた)という言葉が使われるようになってきている、と社会福祉法人プロップステーションの竹中ナミさんは紹介しています(参考B)。
中国では「障害者」は「邪魔者」と同じ意味になるそうで、「残疾人」が広く使われており、その意味は日本語で言う「後遺症」に近いものだそうです(参考G)。
障害の表記とその考え方を下表にまとめました(参考H)。
障害の様々な表記の仕方(参考H)
【障害】…………戦後の当用漢字の制限から用いられるようになった一般的な表記の仕方。
【障碍(障礙)】…戦前の表記で、これは「碍子(がいし)」が陶器で作られた電気の絶縁体を指すように、「碍」には「害」の字が持つ「他人の迷惑になるもの」という意味は含まれないという考え方に基づく表記の仕方。
【障がい】………「障害」とは、行動等に「さし障り」があってもそれは他者を「害する」ことはないという考え方で、「害」の字が持つ負のイメージをなくそうとする表記の仕方。この表記を推進する考えでは「碍」の字を再び使う動きもある。
【しょうがい】…「障」も「害」も、ともに「さしつかえる」「妨げる」という意味をもち、どちらの漢字も不適切であることに変わりはないとする考え方による表記の仕方。
【障害のある人】障害は、「自分で障害を選んだわけではない」という考えに基づいた表記の仕方。
【障害をもつ人】障害を否定的にとらえるのではなく、「障害をもつからこそ、このような生き方ができる」と前向きに積極的な生活を送る人が増えてきたとの考え方を背景にする表記の仕方。
まとめに
地方自治体から始まって広がりをみせている「障害」の表記問題ですが、「名や表記を変えるだけではダメで、大事なのは障害当事者への蔑視を改め、その人権を守るという意識革命が必要だ」や「用語を変えても、人々の意識が変わらない限り、同じことの繰り返しになる」(参考G)という意見や考え方があります。
横浜市立大学教授の伊藤隆二氏が、「ある小学校の教師が『害』は人びとにとってよくないものをいうときに使います。例えば害虫、害鳥がそうです。ほかに何かあるでしょうか?と子どもたちに質問したところ、多数の子どもたちが『障害児』と答えた」(参考G)という話を紹介しています。
やはり「単に表記の問題」や「イメージの問題」だけではすまされない教育や社会状況の問題が含まれていると思います。(鈴木 宗夫)
参考:インターネットURL(ホームページアドレス)
1.blog.melma.com
2.www.city.tama.tokyo.jp/syougaisya/hyoki.html(多摩市HP)
3.www.prop.or.jp.clip/2005 7/050910mainiti.html(毎日新聞紹介HP)
4.www.jpna.or.jp/index.html(日本精神科看護技術協会HP)
5.dictionary.goo.ne.jp/(三省堂大辞林第二版)
6.members.jcom.home.ne.jp/w3c/kokugo/kotoba/shougaisha.html
7.www.fuborenn.net/kanjikai/370yomiuri/shougaishakotoba.html(読売新聞紹介HP)
8.www6.ocn.ne.jp/~okuguti/yougo/html
9.www.normalization-net.com(ノーマライゼーションネット)
【障】《解字》
形声。「阜(壁やへい)+音符章」で、平面をあてて進行をさしとめること。章の原義(あきらか)には関係がない。
【害】《解字》
会意。「宀(かぶせる物)+口または古(あたま)」で、かぶせてじゃまをし進行をとめることを示す。
【碍】《解字》
会意。「石+得(みつかる)の略体」で、行くてをさえぎるように見える石をあらわす
【礙】《解字》
会意兼形声。疑は、ためらって、足をとめること。礙は「石+音符疑」で、石がじゃまして足をとめること。
【障害{碍}】ショウガイ 物事をするとき、じゃまになる事がら。
学研「漢字源」藤堂明保・松本 昭・竹田 晃編より
以上から考えると、【障】【害】【碍】【礙】ともに、もともと「他人を邪魔する」とか「他人の迷惑になる」という意味ではなく、「自らが行動する上で、なんらかの差しさわりがあることがら」という意味ではないでしょうか。言い換え運動は、「障害」を曲解しているように思えます。(編集子)
精神障害による「生きづらさ」
「風(FOO)」の活動から
「自分自身の行動を何らかの形で制限する事がら」を「障害」とすると、身体障害による「生きづらさ」は、比較的理解しやすいと思います。近視も「障害」です。体の一部が機能低下すれば、自分の行動が制限されます。
一方、精神障害によって生じる「生きづらさ」とはどの様なものなのでしょう。
ユーザーと一緒に入浴した時のことです。私が体を洗って浴槽に入っていると、まだユーザーは体を洗っていました。彼女が体を洗い終えて浴槽に入った後、戸惑った様子で洗い場に出て再び体を洗っているのです。私が声をかけると、『浴槽に六回入って、体を五回洗え。頭を洗ったら良くない事が起こるぞ。言うとおりにしないと、お前をいじめるぞ』という、「こえ」が聴こえてくると言うのです。彼女は、私に幻聴のことを話し、「声の言うとおりにしなくても大丈夫だよね」と言い、髪を洗ってから一緒に風呂を出ました。風呂に入っていると、いつもこの「こえ」が聴こえてくるので、疲れきってしまい、入浴することさえ嫌になってしまうということでした。
彼女にとってこの様なことは入浴時だけではなく、部屋へ入るときに『もう一度戻って右足から入れ』という「こえ」が聴こえるので、行動が制限されてしまい、自分の考えるようには動けなくなってしまうのです。
しかし、精神障害者の「生きづらさ」は、幻聴等の症状を抱えるだけで生じるものではありません。
次のようなことはすべて「生きづらさ」となっているのです。
誰かと二人で一緒にいる時、「黙っていると相手に居づらさを感じさせてしまうのではないか」と思い、「何か話さなければいけない」と思いつつ、何も話すことがないので、その場を離れようとするが、「その場を離れると、自分が相手を嫌っていると思われ、相手を傷つけてしまうのではないか」と思い、身動きが取れなくなってしまう。
「今日銀行へ行かなければならない」と考えると、他のことができなくなってしまう。
お客さんが「暑いですね」と入ってきたら「冷たいものを出さなければいけないのではないか」と考えてしまうことで苦しくなってしまう。
「今晩眠れなかったら病気が悪化して、入院してしまうのではないか」と考え、益々眠れなってしまう。
家の留守番を頼まれたら、いつ来訪者がくるか心配で「留守番すること」に一生懸命になってしまい、何も手をつけられなくなってしまう。
さらには、このような行動をとることが、奇異の目で見られることによる「生きづらさ」。
私たちが、ごく当たり前にこなしているように見える日常生活のちょっとした出来事や段取り等でも、精神的な障害を持っている人たちは、時間をかけて行なわなければならなかったり、ちょっとした声かけが必要だったりすることがあります。
しかし、「気の持ちようだ」などといった声かけは、意味がありません。気になるのですから、気にするなというのは無理なことです。そういった言葉かけが、より辛い思いを引き起こさせてしまうのです。障害に対する無理解が、これらの「生きづらさ」をより大変なものにしてしまうのです。
法律や社会制度上の問題は、まだまだ沢山ありますが、障害を持つ人に対する差別・偏見こそが、障害者を「社会的不利」な状況に置いてしまう大きな理由でしょう。
「生きづらさ」を抱えた障害者が安心して胸を張って暮らせるような社会となるには、残念ですが、もう少し…いや、もっともっとたくさんの時間がかかると感じています。
(出澤 華奈子)
「病」は「医学」によって規定され、「障害」は「社会」によって規定される。しかしまた、「医学」は「社会」によって規定される。「健康」もまたしかり。
WHOでは、「健康」の定義を変えようとしています。よりダイナミックに、非西洋的な価値観を加えることで。簡単すぎる言い方ですが、病気とともに健康に生きるということです。(編集子)
「キレる子」は障害児?
「キレる子」の増加などへの対策を話し合ってきた文部科学省の「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」(座長・有馬郎人元文相)が、十月十二日、「『キレる子』にしないためには乳幼児期の家族の愛情や生活リズムの定着が大切だ」とする提言をまとめました(朝日新聞十月十三日付)。
記事によると、「人間の情動は五歳ごろまでに原型が作られる」と指摘。「その後の取り返しは不可能ではないが、年齢とともに困難になる。したがって三歳ごろまでに母親をはじめとする家族の愛情を受けるのが望ましい。脳内でコミュニケーションや意欲をつかさどる『前頭連合野』の発達は八歳ごろがピークで、二十歳ごろまで続く」と述べ、乳幼児期から小学生までの教育の大切さを強調する内容を伝えています。
記事の 「『キレない子』」三歳までの愛情大事」という見出しが気になりました。
一つは、「キレる子」、「取り返し困難」の言葉が並ぶと、「キレる子」=「障害児」と結び付けられ、特別な子どもとして分けられてしまうのではないかということです。
前号の「花信風」において、「発達障害者支援法の施行で、発達障害についての分類や診断が未だ曖昧な中、発達障害児というレッテルを貼られた子どもが不当に差別されることを危惧する」と指摘しました。
そもそも、「キレる」が意味する内容が曖昧です。使う人によって「ちょっと頭にきた」ことを表現することもあれば、他人に危害を加えるまで自己制御不能な状態になることを表現することもあります。
また、その背景も様々です。「キレる」という曖昧な「ことば」によってこのような提言が出されることは、「キレる子」を治療や支援の対象とすることによって、他児から分けることを正当化し、差別・偏見を受けることにつながりかねません。『キレる子』=『障害児』という図式で分断が起こるのではないか という危機感を持ちました。
更に、こういった提言に不安を感じる母親も多いと感じています。
子どもの問題研究所では若い母親を対象とした子育て支援連続講座を実施して今年で三年目になります。
ここに参加した母親の多くは、「出来ないのに何でも自分でやりたがる」「何回言っても聞き分けがない」といった悩みを持っていました。子どもが発達の過程で当然持つ「自立心」の芽生えへの対応に困惑しているのです。一歳半、三歳の乳幼児健診の場でも、子どもの聞き分けのなさを「障害」と結び付けて考えてしまい、不安になっている母親は少なくありません。
子どもが言うことを聞かないので、「私は毎日キレています。」という母親もいました。母親が孤立し、キレざるを得ない状況に置かれているのです。
「乳幼児期の家族の愛情や生活リズムの定着が大切」といった考え方を殊更に取り上げることで、母親が「自分は愛情不足ではないか」「自分の子どもはキレる子になるのではないか」と不安になり、子育てしている母親の多くが、今まで以上にプレッシャーを感じることになりかねません。
問題になっている「キレる子」とはどんな子どものことで、その背景にはどんな社会的課題があるのか。それに対しどんな具体的支援が必要なのかが明確にされる必要があります。そうでないと、「キレる子」という言葉が一人歩きし、今まで常に言われてきた「愛情の問題」とされ、親の不安を増大させることになりかねません。
「キレる子」=「障害児」という「診断」だけの問題ではありません。その「診断」により、子どもが分けられ、教育を受けることの問題です。虐待やいじめなど、支援を必要とする子どもはたくさんいます。それらの子どもたちも、分けられて教育を受けることが正当化されかねません。
一人ひとりの子にとって必要な支援とはなにかという視点に立った、共に育つ社会的体制や教育体制を作り出していくことが必要です。
今後この提言が、どのように子育て支援や教育の場に具体的に取り入れられていくのか、子どもの問題研究所の課題として注意深く点検していきます。(高橋 寿子)
「風(FOO)」
障害受容とは? 過程としての「テーマ設定ミーティング」
「障害受容」という言葉を聞いたことがありますか?
障害受容とは、「永続する心身機能の変調とそれに伴って変化した社会生活機能の現実に対する適応過程のことである」と辞典(注一)には出てきます。
しかし、この言葉の一般的な言葉の使われ方の多くは、障害を受け入れる「過程」にではなく「結果」に意味をおいていると感じます。障害を受け入れることが良いことだというように。
障害を受け入れることが良い悪いではなく、辞典にあるように「適応過程」としたとき、その過程とは何をすることなのでしょうか。
「風」では、八月から「テーマ設定ミーティング」を始めました。
二年程前まで「ユーザーミーティング」を設けていましたが、スタッフからの連絡事項の伝達に終わってしまうようになったため中止にしました。ミーティングの位置づけがスタッフ間で、不明確だったからです。その後、スタッフで検討を重ね、「テーマ設定ミーティング」を開始しました。
今まで、第一回のテーマ「からだのために考えていること」から始まり、「わたしの医者のかかり方」「服薬について気になること」「眠れない夜の過し方」「きょうだいとの付き合い」まで、五回を経過しています。一回毎の参加者は三人から六人程度です。参加者それぞれが自分の体験やそれに伴う考えを話す場、他の参加者の話を聞く場になっています。
ミーティングのねらいは、話し合いを通じて自分で自分に気づくことです。他者に「あなたは〇〇です」と言われても、人は分からない、分かりたくないというのが本音のところだと思います。
「障害受容」と言葉にすることは簡単ですが、「障害」の「ある」、を「もつ」人にとってどれほど大変なことなのか簡単にわかることはではありません。他者が「障害を受け入れなさい」と一方的に求めることには疑問を感じます。テーマ設定ミーティングのように、自分のことを自分の言葉で話し、自分への気づきが生まれることに意味があるのだと思います。
「障害受容」を、障害者が単に自らの「障害」を認めることだけではなく、「障害を抱えて生きること」の受容として捉えることが支援者にとって必要です。社会の中での私たちの日々の具体的な営みが生活であり、「生きる」ことだからです。
「テーマ設定ミーティング」のテーマに、直接「障害」に関係していることではなく、生活の中で体験すること、それへの対処法などを設定するのはそのためです。
五回のミーティングをとおして、意外と多くのユーザーが設定テーマに関心を持って集まっている、参加者一人ひとり話したいことを持っていると感じています。他者の話を聞き、自分の言葉で応答する。そんなやり取りのなかで、自分で自分に気づくことが障害受容の一つの過程なのだと思います。
私も、他者から自分自身のことを言われても何を言われているか分からないことが多々あります。言葉で言われたからといって、なかなか自分のことには気がつきません。
だからこそ、ユーザーにとって他者である私の関わりの質が、私自身の課題として問われると考えています。(川島 麻子)
注一 社会福祉用語辞典第四版 ミネルヴァ書房
1.われらは自らが脳性マヒ者であることを自覚する。
われらは、現代社会にあって、「本来あってはならない存在」とされつつある自らの位置を認識し、そこにいっさいの運動の原点をおかなければならないと信じ、且つ行動する。
これは、日本脳性マヒ者協会『青い芝の会』4原則の第一です。以下、「われらは強烈な自己主張を行う」「われらは愛と正義を否定する」「われらは問題解決の路を選ばない」と続きます。
「(障害者が)本来あってはならない存在」という認識は、1960・70年代の「時代の問題」では片づけられません。(編集子)
精神福祉コラム
障害者−政治的配慮とその意図−
個人的なことですが、先日父が亡くなりました。
葬儀の翌日、いとこから電話があり、「重要な話があるので会いたい」と言うのです。「オヤジ、借金でもあったのかな」などとドキドキしながら翌日待ち合わせ場所に出かけると、いとこの他二人の見知らぬ人が私を待っていました。なんと仏教系新興宗教へのお誘いでした。心の中で「このくそ忙しい時に!」と思いながらも、その「狂信的な目」に興味を抱き、「折伏するための話法・技法」を学習するつもりで話を聞きました。そのときの話の中で、「障害者はかわいそう。前世の因果。」との話が出されました。「障害者はかわいそう…」、久々に聞く言葉でした。
さて、仏教で「障害」や「障害者」をどのように考えているかはわかりませんが、キリスト教アメリカ文化の中で、15年位前から、障害者をチャレンジド(the challenged)と呼ぶ動きが出てきました。それまでのHandicapped Personsや Disabled Citizensといった「不利」「苦手」に着目した表現を変えようというものです。「チャレンジド」は、「神様から選ばれ、挑戦すべきことを与えられた人達」という意味で、「与えられた」が故に受身形で表現されるわけです。「精神障害者」は、People with mental health problemsやPeople with mental disorders との表現が多いように思います。「with」という表現で、「障害」が一つの属性にしか過ぎないことを表しているのでしょう。
「チャレンジド」という考え方そのものを全否定するものではありません。しかし、「何に」挑戦するのかが不明確です。「障害」を個人に帰結させる印象がぬぐえません。WHOによる国際障害分類(2001)では、心身機能に変調がある個人を多様な因子(環境因子・個人因子)との相関関係として捉えています。すなわち「個人の問題」とはしていません。
アメリカでは「チャレンジド」を、前向きに「生産性」に挑戦するという意味として捉え、「チャレンジドが働き、タックスペイアー(税を払う人)になるのが当たり前のこと」とされてしまいます。難治性の精神疾患・重度の認知症・重度脳性マヒといった重度障害者をも納税者にさせるのでしょうか。それとも、納税者になれない障害者は、隔離あるいは抹殺するのでしょうか。
「する側(統治者)」から、社会的弱者に対して「前向きに考える方向」に向かわせる言葉が出された時には注意が必要です。「生産性」の低い人たちを前向きにがんばらせ、がんばれない人は切り捨て、統治しやすくする方略と考えざるをえません。右手を突き上げて「がんばろう!」というイメージに拒否感をもっている私の個人的な感情もあるかもしれませんが、世の中をこういう方向に向かわせたいという政治的経済的意図で喧伝されているように思えます。
「『障害者』という呼び方は呼ばれる人達にとっても、決して感じのいい言葉ではない」という言い方をよく聞きます。しかし、それは「する側」が言うことではなく、呼ばれる人たちが言うことです。言葉を使う側の立場における「考え方の基盤」を明確にする必要があります。「精神福祉」という言葉を使い始め、その点検を継続するは、その出発点だと考えています。
信者の方々に対して、「『かわいそう』というのは差別である」などと議論吹っかけてその反応を楽しむといった不誠実な対応をしたのですが、どのような考え方に基づいて「障害者」に「関わっていく」のか、あらためて考えさせていただいた点では大変感謝しております。慇懃無礼かな?(斎藤 悟)
「陽(yoo)」
しょうがい 障がい 障害
私たちは日々、様々なことに出会い、
その時々の感情とつきあいながら暮らしている。
喜んだり、怒ったり、哀しんだり、楽しんだり…。
喜と楽は元気がもらえる。
怒と哀、特に哀は、元気をうばわれるからつらい。
そのつらさから身を守るため、
私たちは、
打ち消したり、無視したり、
理屈で納得しようとしたり・・・と試みる。
それがユーザーさんには、大の苦手に見える。
「時間がすぎても○○さん戻ってこない」
「肩が痛い」
「眠れない」
小さな気がかりを、まっすぐつき進めてしまう。
「事故にあったんだ」
「重い病気がかくれている」
「体調を崩して入院になる」
「いい加減」がいいのに、「適当」でいいのに、
まじめに重く進めてしまう。
それはかなりきついはず。
杞憂の場合もあるだろう。
しっかり受け止めねばならぬ場合もあるだろう。
そんな時、周りができることは…。
そんな時のための陽。
聞いてくれる誰かがいるはず。
同じ思いを共有できる仲間が近くにいるはず。
つかまえて、言葉でしっかり伝えるといい。
一人かかえず、人に話すと体のどこかが軽くなる。
もやもやの一部が晴れる。
話した同士の距離まで縮まっていることに気づくだろう。
こんなことも陽の大事な役目。 (松田 真紀子)
障害考
十月七・八日福岡市での日本病院・地域精神医学会の分科会において、「光風会」と「ICCAM」がそれぞれ「子育て支援グループワーク」「ピアホームヘルパー活動」の分析発表を行ないました。多職種(医療・研究・行政・福祉・当事者)参加を特徴とする当学会では立場の違いを踏まえた討議がなされました。
その中にあって、二つの発表ともに当事者の立ち位置を確証する姿勢の、ブレのなさ加減を自分なりに確認することになり、その辺が好感度として会場からも支持された様に思いました。
さて、その発表が初日朝一だったので、私達応援団も含め一行七名は前日に茨城を発ち、午後「半日バス観光大宰府天満宮」に参加しました―学会の空気も九州の空気も味わうべく。天満宮の森に隣接して建てられた国立九州博物館のオープンを十月十六日に控えた緊張感もありましたが、境内の樹齢千年の大楠や、だからこそおわす観世音像の巨大でたおやかな木彫像に接して、想いは歴史や文化に漂っていきました。
そのバスツアーの参加者の中に十名程の高齢婦人の一行がいました。「大宰府には修学旅行以来二回目で六十五年ぶり」などともれ聞こえてくる話から察して女学校の同窓会の様でした。
観光を終え、私達が最後にバスを降りたところ、荷物が一つ無くなっていて、見なれぬ荷物が一つありました。その荷物には、北九州市の住所と女性の名前を書いた名札が付いていました。先に降りた人が荷物を間違って持っていったのです。バス会社のデータで、私達の宿泊ホテルにたまたまその女性が前日宿泊していて、荷物の取り違いに気付き、そのホテルにいることがわかりました。そして、その老嬢と私たちは、ホテルのロビーで荷物を交換して事無きを得ました。
その時の老嬢の様子から、「自分が間違ったことに気づいていない」ことが分かりました。おそらく認知症的な「障害」でしょう。ご本人からの挨拶がないことでそう想像したのです。しかし、バス会社からもなんの挨拶もありませんでした。ご婦人はバス会社の人に付添われ出て行かれました。
私達には納得のいかない気持ちが残りました。もし遺失物が出てこなかったら、遺失物が翌日の発表資料だったら、と考えると、バス会社の荷物預かりシステムに問題があると思いました。
ただ、ご婦人に関しては、八十歳前後とおぼしき年齢で、小倉から博多へ一人で来て、天神のホテルに泊まり、荷物を失うリスクにもめげず、同窓会にて旧交を暖めたいという心意気に拍手を送りたくなりました。
その様に思えたのは、自分の年齢の延長上に様々な障害や社会性の後退が容易に想像できたからだと思います。「障害者」や「障害」を理解したい時、障害の中身がわからなければ理解しようがありません。その障害の中身は、医療・研究・行政・福祉の関係者と当事者延いては社会全体としての共通認識にならなければ真の理解にはならないように思います。
心の病への無策の歴史が長かった分、日常の中で、心の病でないことまでが複合化し、心の障害についての真の理解から遠く離れてしまった気がします。(鷺野谷まち子)
陶芸コラム
土練り3年
陶芸では粘土を使いやすくするためには、土をよく練る必要があります。粗練りと菊練といって粘土が菊の花に見える練り方をします。この技術は難しそうでも、何度かやっていると結構それらしくなって来ますし、見た目で出来る様になるまでそれほど時間はかかりません。
ロクロを回して物を作る時には毎回粘土を練ります。しかし、ロクロをひいてみると、粘土の中に空気が残っていたり、練り癖があって作りにくかったりすることがあります。自分の中で「土練りも出来ない」と思いながら、練る度に良く土を練ってもなかなか思うように練れていません。
土練り3年と言う言葉があります。昔、ロクロ師や窯師など分業時代の製陶所などでは、仕事としてロクロを回すまでに、「地走り」と言っていわゆる下働きの仕事の中にロクロ職人のための土練りがありました。朝から晩まで、物を運んだり土を練ったりで、職人から怒られながら必死に土を練ります。文句を言われないように土を練れるまでに3年はかかるといいます。しかし、私は、3年と言う時間を聞いて早いと思います。毎日、毎日、怒られながら土を懸命に練ると3年で出来るようになるんだと感心してしまいます。
私は、自分の土練りがある日突然「あっ、出来た」と納得できるまでに10年かかりました。そして、土練りを意識しなくなったのはずっと後になります。しかし、この事はどうでもよいことで、もとめる技術やこだわる内容は変わっていきます。何処にこだわるかで評価が分かれ、出来る物も違ってきます。何を見定めるか・・・。 (菅原 淳一)
子ども研
病院・地域精神医学会 発表報告
昨年度に引き続き、「子育て支援連続講座」による子育て支援研究を、十月七日(金)〜八日(土)に福岡で開催された、第四十八回日本病院・地域精神医学会において発表しました。
テーマは「子育て支援講座へのグループワーク導入の有効性[U]」です。昨年度はグループワークのプログラム内容の検討でしたが、今回はグループワーク効果について報告しました。
昨年度講座を実施した玉造町と潮来市のデータを分析し、さらに講座参加から約一年経過した参加者への事後面接調査を実施しました。発表までは、茨城県精神障害地域ケアー研究会との協働研究部会を四回に渡り設営し、内容を検討しました。
発表内容の概要は、
グループワークの有効性として1.参加者の交流にファシリテータが介入することで、話すことで気持ちが楽になるばかりでなく、子育ての心理的課題が明確になる。
2. 教材としての「子育て支援マニュアル」をファシリテータが適切に使用することにより、参加者に子育ての具体的方法が伝わる。
3. 子育てについての気づきや、子育ての具体的方法は講座終了後も参加者に意識化されていて、日常の子育てに取り入れられている
という結果を得たという報告でした。
子育て支援に本講座を取り入れることは
1. 話すことが苦手、話す場のない母親が話せる。
2. 悩みが解決したり、知識が得られ子どもへの対応が変わる。
3. ゆっくり考えたり、気持ちを整理する時間になる。
という点で意義があるという提示です。
昨年度発表した分科会は、各発表テーマの関連性が薄かったので、子どもの問題の重要性が伝わらなかったように感じました。今回は「児童思春期・青年期の問題」という分科会の中での発表だったので、子どもの問題としての関連はあるものの、他発表のテーマは、精神科受診者への支援のあり方研究や、被虐待児への支援の研究でした。
今回の発表についての質問は、座長からの「参加者募集の方法について」と、会場からの「今後本研究の展開について」の二点でした。
子育て支援の問題が、精神障害や虐待等将来的に引き継がれていく課題の源流であることを強調する必要があったと感じています。
「茨精研(ICCAM)」のホームページ上でも掲示中です。ぜひご覧ください!(高橋 寿子)
「子育て連続講座」実施中です
前夏号でお伝えしたとおり、今年度の「子育て連続講座」は鹿嶋市・岩間町・水戸市の三ヶ所で実施しています。鹿島市は八月三十一日で三回目を終了しました。岩間町は九月十三日に一回目を、水戸市については十月一日に二回目を終了したところです。今年度は、日程を組む上での課題が残りました。幼稚園児の母親にとって、夏休み中や運動会時期は参加が難しく、その点に関する考慮がかけていたことで、参加者が集められませんでした。募集の方法を工夫することや母親が置かれている状況を把握する視点に欠けていました。
実施する中では、参加者の話の内容から、子育てをとりまく現状が変わっていないことが見えてきます。
地域に子ども同士で遊ぶ機会がない、母親が子育てについて話せる場が近隣にない、夫が育児に協力してくれない、子育てにイライラすることがある…等、毎回、毎回、同じ課題が出されています。
「参加してよかった。今まで気づかなかった子どもに対する見方が学べた」という参加者からの反応もありました。このように、母親が、主体的に自身の問題に気づき解決に向かっていく姿を、子育て支援研究に生かしていきます。(高橋 寿子)
子どものコラム
「特殊教育」から「特別支援教育」への「言い換え」
恥ずかしい話、教育学部に在学していたことがあるにもかかわらず、「特殊教育」を「特別支援教育」と言い換えがなされていることを最近まで知りませんでした。ちなみに、私の大学時代には「異常児教育(学科)」となっていました。
「特殊学級」が「特別支援教室」となり、特殊学級在籍者をすべて通常学級籍にするとのこと。どの子も「通常学級籍」になることは、一見大きな転換のように見えます。しかし、基本的な考え方は「分離教育」であることに変わりはありません。逆に、「皆と一緒にいたいなぁ」と思っていても、通常学級在籍の「障害児」が「特別支援教室」に行くことがあたりまえとされることになりかねません。世界的に「統合教育」が当然とされているにもかかわらず、「分離教育」がさらに推進されようとしています。
「特別支援教育」において、ことさらに「子どもの個別のニーズに応じた支援計画を重要視する」とされていますが、これは障害児に限ったことではないことは誰が考えても当然です。「障害児」だからではなく、誰にでも個別のニーズはあり、支援は必要です。
「異常児」を「障害児」に、「障害児」を「障がい児」に、「特殊教育」を「特別支援教育」に言い換えても、本質はなにも変わっていません。
そんな状況から「精神障害児」が生み出され、「精神障害者」が増えていくのでしょうか。「風(FOO)」のユーザーと関わってきて、教育の重要性を再認識させられています。(斎藤 悟)
法人本部
第9回理事会を開催しました。
月 日 十月二十九日(土)
場 所 ホリデイイン水戸 ミーティングルーム
議 案
第一号議案
第八回理事会における検討事項報告
→提案どおり承認されました。
第二号議案
二〇〇五(平成十七)年度上半期
社会福祉法人光風会事業報告
→提案どおり承認されました。
第三号議案
二〇〇五(平成十七)年度上半期
社会福祉法人光風会会計報告
→賛助会活動・広報活動の課題として、わかりやすい文章表現方法や会員の意見を集約する方法を検討すべき等の指摘がありました。
精神福祉ワークショップ開催
― 精神障害者ピアホームヘルパーが創り出すもの −
既にご案内のとおり、社会福祉法人光風会「地域交流・啓発事業」として、NPO茨城県精神障害地域ケアー研究会(ICCAM)と共催で、標記ワークショップを開催します。
第8回理事会において、事業を行う意義が本質ではあるが、赤字を出すのはいかがなものかという指摘がありました。対応策として、各種助成団体へ助成金の申請することし、ICCAMとして財団法人「みずほ福祉助成財団」へ助成申請していましたところ、今回の事業に対する助成決定の通知がありました。
また、参加費の課題も理事会で取り上げられました。「5,000円」という金額をどう位置づけるかですが、参加費以上の価値がある内容だと自負しています。「無料」の企画は行わないというのが「光風会」の考え方です。 (事務局)
月日時 : 11月27日(日) 10:00〜16:00
場 所 : 茨城県歴史館 講堂
定 員 : 150名(限定)
参加費 : 5,000円(テキスト・資料・昼食代含む)
テキスト: 「精神障害者ピアホームヘルパーガイドライン」
お詫び
アニュアルレポート(年報)の発行が諸般の事情で遅れています。上記理事会で点検の上、発行しだい会員の皆様に送付いたします。
大変遅れまして、申し訳ありません。(事務局)
文化の窓
「母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係している人を殺害し、動機について『太陽のせい』と答える。自分は幸福であることを確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。」異邦人(カミユ著、窪田啓作訳、新潮社、一九七三」の概要です。
皆さんの中にも、この本を青春時代に読まれた方も多いのではないかと思います。
私が、「異邦人」を読んだのは、高校一年になったばかりの頃です。今でも、その時の光景が浮かびます。ホームルームの時間、クラス担任の先生が異邦人の本に触れ、「どういう動機で人を殺したかを知っているか」と。「太陽のせいだ」という言葉が印象に残りました。文庫本のボリュームは一三〇頁程度で、一気に読みきれるものでした。私は、気味悪さと不可解さだけが残り、そのまま忘れてしまった本です。
数ヶ月前、ニュース番組で聞いた殺人事件で、自分の常識や考え方では腑に落ちない動機で人を殺したことに、気持ち悪さを感じました。そしてふっと、このカミユの「異邦人」という本を思い出しました。
そのことがあって、もう一度読んでみたくなりました。古本屋で、百円で売られていました。今の文庫本に比べて、活字がワープロでいうと8ポイントぐらいで、とても細かい字なので妙に感心しました。
読み進めていく中で、私が気になった箇所を一部取り上げてみます。
まず、母親の埋葬までの道中、友達の諍いに巻き込まれ人を殺すまでの経過、全てに太陽の描写が刻々と書かれています。弁護人とのやり取りについて本の中では、「私は、肉体的な要求がよく感情の邪魔をするたちだという、説明をした。ママンを埋葬した日、私はひどく疲れていて、眠かった。それで、起こったところのことを、よく理解できなかったのだ。」という主人公。
「裁判官は、・・・弁護士の陳述を聞く前に、あなたの加罪行為を呼び起こした動機をはっきりしてもらえれば幸いだ、といった。私は、早口にすこし言葉をもつれさせながら、そして、自分の滑稽さを承知しつつ、それは太陽のせいだ、といった。廷内に笑い声があがった。弁護士は肩をすくめた。」
読み終えたとき、気持ち悪さではなく、主人公を受け入れていました。むしろ、弁護士や裁判官、司祭など対して、「人間はこうであらねばならぬ」といった側面からしか捉えようとしない言動や態度に反感を持って読んでいました。自分に対しての驚きです。「これもまた人間なんだ」と感じているのですから。
この本をとおして、十六才と四十六才とでは自分の認識がこうも違うのかを知り、三十年の年月を感じるとは思いも拠りませんでした。
「自分は、太陽にも影響を受け、人を殺せる」と、自分を取り巻く全ての環境が私自身の感情・意識・思考などに影響していると認識するには、十六才の私は幼稚だったということです。ああーやんなっちゃうな!これも私なんだと受け入れるしかないのでしょう。
(高島 真澄)
編集後記
私は、心の中で「エイヤ!」と気合を入れないと人の顔を正面から見られない「障害」があります。「病」の診断はうけていませんが、「自我が脆弱」なのかもしれません。ですから、「本業」より、編集の方が「好き」です。得意かどうかは別として。「おたく」のはしりでしょうか。
と言いつつ、「おたく」のメッカ秋葉原は好きではありません。
ともあれ、誰でも「障害」がある世の中といっていいのではないでしょうか。 (斎藤)
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